CD Essay

好きなアルバムを1枚取り上げて語れるだけ語るブログ

Vijay Iyerが日本で無名過ぎてかわいそうになるんだけど、『Accelerando』を聴いてないのは損だと断言するぞ

Accelerando

 

「名前だけでも覚えて帰ってください!」

Accelerando by Vijay Iyer Trio on Spotify

よく無名のバンドマンがライブの最後に言うやつだ。決め台詞みたいなもん。弱っちい敵キャラの「覚えてろよー!」とだいたい同じ。だから特に気にしなくて大丈夫。

しかしCD EssayとしてはVijay Iyerは本当に覚えて帰って欲しい。そもそもこのスペルを読める人はいるんだろうか。これで「ヴィジェイ・アイヤー」と読む。もうせめて読み方だけでも覚えてくれ。ヴィジェイ・アイヤーだ。Iyerの部分の読み方が人によって違うこともあるけど、たぶんアイヤーが多数派だ。

この人、日本で本当に知名度がない。試しにヴィジェイ・アイヤーでググってみたら約 3,160 件だった。世界的なアーティストの検索件数じゃねえ。そしてVijay Iyerで検索すると約 2,510,000 件になる。格差がありすぎる。本当に日本でだけ無名。かわいそう。

ということで今回はこの無名のスーパージャズピアニストを紹介したい。彼が率いるヴィジェイ・アイヤー・トリオの2012年の作品『Accelerando』を紐解こう。

 

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Human Natureのカバーはアルバムにも収録されている。もちろん別テイクだけど。

 

インド系だけど生まれも育ちもNY

Vijay Iyer - Wikipedia (英語版)

まあ、なんとなく名前で察しただろうが、ヴィジェイ・アイヤーはインド系の人だ。と言っても生まれも育ちもNY。家系だけインド系だ。

しっかし驚くほどマイナーだ。国内盤もユニバーサルから一応出てるし来日公演もしたことがある。世界的な知名度はもちろんある。グラミー賞にノミネートされたこともあるし数々の雑誌から賞を獲ったりしている。にも関わらず日本で無名。なんで無名なのかさっぱり分からないぐらい無名。本当に名前が覚えにくいからなんじゃないかVijay Iyerってスペルだけ見たら読み方がパッと出てこないもんな。もう問題点があるとすればここしかない。

でも実力は本物だ。それは保証する。

彼が上手いのは和音の使い方とリズム感。先に和音について語ろう。

わりと不穏になるくらいに低音も鳴らす。低い音というのは和音になりにくい。ギターでは6弦を一度に弾くことがあるが、ベースではせいぜい3弦。低い音ってのは和音として捉えにくくなっている。ロー・インターバル・リミットっていう現象だ。

ヴィジェイ・アイヤーはこれを無理矢理使うことが他の人より多い。そもそもベースもいるからあまり弾く必要はないのだが弾く。音が濁るから美しくないと言われるのだが、敢えてやることで怪しさが増している。これで彼のメロディとしての世界観が確立されていく。でも右手で綺麗なテンションを付けて聞きやすくしてるから頭良いなあって思う。決して聞きにくいということはない。

かつメロディが中東っぽい。ちょっと怪しい感じは唯一無二だ。なのに時折爽やかで軽快になるから憎めない。中東っぽさとか怪しさ一辺倒ではないからずっと楽しい。ただのピアニストではないというのが分かる。物凄くいい。

そしてリズム感が素晴らしい。彼のもうひとつの、そして最大の強みだ。

 

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アルバムに関連する公式動画がないから好きなのを貼る。

 

技術を活かした恐ろしいリズム感

Vijay Iyer (p)

Stephan Crump (b)

Marcus Gilmore (ds)

ヴィジェイ・アイヤーの作品を聴くならまずはトリオだ。一番個性を味わうことができる。もう10年以上このトリオで活動している。旧知の仲ってやつだ。しかしこの2人がべらぼうに上手い。ヴィジェイ・アイヤーのリズムを支えるのはこの2人でなければダメだ。めちゃくちゃ良いフレーズを弾いている。

特にドラムのマーカス・ギルモア。最近流行りの打ち込みっぽいポリリズムを多用したドラムなのだがこれが非常に良い。本当に上手い。この系統のドラム、例えばマーク・ジュリアナとかリチャード・スペイヴンとかクリス・デイヴとか、って一体どういう頭の構造をしているのか本当に分からない。たまにインスタとかで話題になるくらいにはキチガイなドラムを叩いている。

このトリオはとにかくリズムが狂ってる。どうしてこれで3人共が合うのかさっぱり分からないような合い方をしている。どこで拍を合わせてるのか分からない。まあ凄く丁寧に分析するとさっぱり分からないというわけでもないのだが、こんな複雑なリズムをその場で考えて作ってるとも思えない。となるとカンでやってるのかとも思うんだが、それもちょっと信じがたい。結局彼らの脳味噌で何が起きてるのかはちょっと分からない

そもそもテクニックとして上手いのはもちろん、テクニックを駆使した曲の構成が見事だ。低音が上手いというのも言及したが、この低音で刻むビートも独特だ。本当に上手い。テーマが変拍子とかザラにある。5拍と8拍の複合とかもよくある。テクニックを見せつけるのではなく曲として昇華させるというのは素晴らしいの一言だ。

 

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長尺ライブが公式で見れるって素晴らしいよね。

 

現代ジャズにおけるひとつの答え

どの作品から入るのがベストかと問われた時に、彼らの個性と耳あたりの良さをちょうどいい塩梅で表せているのは『Accelerando』だと思う。

過去作の『Historicity』も素晴らしいのだが、やっぱりHuman Natureのカバーがあるのは耳あたりが良くて取っ付き易い。他の曲もより聴きやすくポップな仕上がりになっている。トリオの新作である『Break Stuff』はECMっぽさが出ていて彼らの醍醐味とはまたちょっと違う感じだ。もちろん、『Historicity』も『Break Stuff』も名盤で大好きだけどね! 

今回のタイトル『Accelerando』というのは音楽用語だ。アッチェレランドと読む。次第に速くという意味だ。略してaccel.って書かれることもある。このスペル、車のアクセルと同じだから覚えやすい。この加速というのがこのアルバムのテーマだろう。

現代ジャズにおいてリズムの探求はひとつのテーマになっている。打ち込みやサンプリングの登場でリズムの変革が起きているのは明白だ。この新しいビートをジャズに用いる場合と徹底して生演奏にこだわる場合の2つの流派がしのぎを削っている。別にどちらがより優れていると言うつもりはない。どちらも面白い。ここから何が生まれるのか楽しみで仕方ない。

そうした現代ジャズへのひとつの答えとしてこのアルバムは君臨するだろう。絶対に機械にはできないビートで圧倒的な世界観を築くことに成功している。

この意地とも取れる渾身の1枚を楽しんでみてはいかがだろうか。

 

Accelerando (Bonus Track Version)

Accelerando (Bonus Track Version)

  • ヴィジェイ・アイヤー・トリオ
  • ジャズ
  • ¥1650