Esperanza Spalding の新譜『Emily's D+Evolution』は時代に残るべき傑作
現代の音楽シーンで最も重要な人物のひとり
3/27から3日間、Bluenote Tokyo に誰が来るかご存知だろうか。
現代で最も重要な女性アーティスト、Esperanza Spalding (エスペランサ・スポルディング) である。通算3回のグラミー賞受賞、そのうちひとつは最優秀新人賞。バークリー音楽大学の最年少講師。と、まあ肩書を書けば天才そのものである。
その彼女の2016年の最新作が『Emily's D+Evolution』である。今回はこれを紐解こう。
Esperanza Spalding - "Good Lava"
肩書から漂う天才感
バークリー音楽大学という世界最高峰の音楽大学に20歳の史上最年少で講師になったのがエスペランサである。学生ではなく講師だ。間違いなく学生の方が年上である。ちなみに上原ひろみはここを主席卒業した人だ。あとエスペランサの以前の最年少記録は Pat Metheny だった。
ついでに言うとエスペランサは高校を飛び級した上に音大も飛び級している。だから高校でも最年少ベーシストだったらしい。めっちゃ生き急いでる。
CDデビューは22歳の時。3rdアルバム発表のタイミングでグラミー賞の最優秀新人賞を獲得している。ジャズ部門でもなんでもなく、最優秀新人賞。今年メーガン・トレイナーが獲ったやつ。ジャズミュージシャンが最優秀新人賞を獲るのが史上初である。ジャズ界隈で盛り上がってるとかではないのだ。その後に4thアルバムではジャズヴォーカル賞を獲っている。
向かう所敵なし。誰がどう考えても今最も注目すべきアーティストであり、新作が待ち望まれた人である。その新作が『Emily's D+Evolution』である。
Esperanza Spalding - Unconditional Love
エキセントリックなセンスの塊
エミリーっていうのはエスペランサのミドルネームであり愛称だ。さらにEvolution=進化、Devolution=退化である。エミリーの進化と退化って感じのタイトルだ。しかもヴィヴィッドなアルバムジャケット、トレードマークのアフロヘアーもない。
そう、このアルバムはコンセプトアルバムである。Beatles の『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』に始まり、Pink Floyd の『The Dark Side of the Moon』、Queensrÿche の『Operation: Mindcrime』などなど、挙げればキリがない。要するにひとつのコンセプトに沿って曲を作ったものである。
そして『Emily's D+Evolution』は今までのエスペランサとは違う、エミリーの世界観を表現したものである。今までのエスペランサとしての作品は関係ない。コンセプトに合わせるというのは自由であるとも言えるだろう。
だからそもそもジャズじゃない。これまでもジャズだったかと言われると怪しい部分はあるが。今作はジャズな部分を探す方が難しいレベルだ。
アプローチがだいぶロック寄りである。編成は全編に渡ってギター・ベース・ドラムに声だけである。ピアノも金管もシンセも基本的にいない。曲によっては少し使われている部分もあるが、基本は完全に3つだけである。いわゆる普通のロックの編成だが、ジャズでこの構成は珍しい。その上でギターが歪んでいるというから、ほとんどロックだ。
3つしかいないというのもあって昨今にしては音数が少ない。あまり派手な奏法はしていないがメンバー全員がめちゃくちゃ上手いのを感じる。これコピーしようと思うと物凄く難しいぞ。この辺がジャズっぽいといえばジャズっぽいかもしれない。
ちなみにエスペランサはコントラバスがメインだが、エレキを弾く場合でもフレットレスベースだ。フレットがないからちゃんとしたところを抑えないと音痴になる。それでこれだけ動きながら歌うのだから神業である。
この演奏に乗るのがエスペランサの突飛なボーカルである。コーラスも物凄く特殊である。しかも難しい。なのにもの凄くメロディアスだから不思議である。
というか何一つ普通なことがない。各楽器のどこを切り取っても普通じゃない。そもそも歌モノでこれだけ演奏が突飛なことはそうない。にも関わらず、これだけ突飛なことをしていても明らかにエスペランサのボーカルが主役である。これはエスペランサの声が良いというのもあるしエスペランサのメロディが良いとも言う。ただ、基本にはセンスとしか言いようがない。
そして全体を纏うのはポップである。明らかに他とは違うし完全にエミリー独自の世界だというのを感じさせるにも関わらず、物凄くポップで聴きやすい。派手な服でも着る人が上手く選んで着れば物凄くおしゃれになるみたいな感じかもしれない。
コンセプトアルバムとして完璧
驚異的な出来である。コンセプトアルバムとしてここまで完璧なものは少ない。分かりやすく効果音を入れるでもなく世界観を言葉にするでもない。完全に音楽だけでこのエキセントリックな世界観の構築を成し遂げた能力の高さはただただ感服である。
ちなみに、今作はグラミー賞にノミネートすらされなかった。個人的な見解だとグラミー賞向きの作品ではないというのが原因だと思っている。突飛過ぎるというのと、ジャンルが不明確過ぎるのだ。ジャンルに分けて各部門に賞を与えているのに、今作はどこにも属せない。賞を与える部門が無いなら与えられないというジレンマだ。
しかし、間違いなくこの作品はコンセプトアルバムの名作であり、時代に残るべき作品である。